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サークルMUU大陸のブログ。 きりしゅや/ホタロウ/zoyの三人の変人がゲームを造ったり、ご飯を食べたりしているところです。 ゲーム置き場はすぐ↓のリンクからどうぞ。
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 艦隊これくしょん Re:World's End
 第一話 叢雲と連装砲

 彼女と‘ぼく’が
 はじめて出会った日のこと。
       ――天叢雲剣



 ――艦娘とは 呪われた兵器である。
 禁忌封印対象 第4技術 艦娘


 1-1.叢雲10868193

 突然の強い振動に、意識はまどろみから浮上する。
 先ほどまで水中にいた私は、突然空中に放り出された。
 浮力に支えられて浮いていた私の体は、支持力を失って重力に引かれて落下する。
 ――感じられるものといえば、炎が肌を焦がして、じりじりと焼け付く痛みくらい。
 どうやら、近くが炎上しているらしい。
 そして、その直後、身体は壁に強く打ち付けられた――いや。
 壁ではない。これは床だ。周囲に視線を向けると、後方にガラスの割れた縦長のカプセルがあった。――なるほど、あれが先ほどまで私がいた場所ーー培養槽か。
 どうやら私は培養槽から、投げ出されてしまったらしい。
「――あ、ぐ」
 痛む体を推して立ち上がる。
(何が……起きたの?)
 自己定義開始。私は駆逐艦・叢雲10868193。初期教育は――辛うじて終了。自己認識は問題なし。蒼銀の髪、ネーブルの瞳。体幹、四肢、五体――五臓六腑に問題なし。されど艤装なし、衣類なし。よって戦闘は不可能。この身は不完全で、代であれど城ではないらしい。今の私は正体不明の首輪以外は、なにも身につけてはいない。
 培養槽内で植え付けられた知識が私に教えてくれる。私たち艦娘は、肉体を完成させるまでの段階で洗脳教育を終えるのだ。よって、ある程度の知識で状況を把握できる。培養槽があるということはここはおそらく建造ドックだろう。
 この状況。さては建造の最終段階、完成目前にもなって、叢雲の肉体は何らかのトラブルで建造ドックから排除されたらしい。
 そして。
「逃げなさい、はやく!」
 そう叫びながら、隣の建造ドックを叩き割る深海棲艦――軽巡ヘ級が見えた。
 ――え。
「叢雲10868193! 目覚めたのね! この娘を連れて逃げなさい!」
 そして軽巡へ級が渡してきたのは栗色の髪の少女。年の頃は私と同じくらいだ。
 ――艦娘? それも駆逐艦級か。
「電21329212よ。それより敵が来ているわ。
 貴女たちを失うわけにはいかないの。右に扉があるから、早く逃げて!」
「敵って!」
 私に教育されている知識が、現在の状況に違和感と疑問を提起する。人間と深海棲艦は戦争中。私たちはその中で、人間によって深海棲艦と戦うために作られた存在だ。
 目の前の深海棲艦。軽巡へ級こそが、私たちの敵のはずなのだ。
 なのに――彼女は私たちを守るどころか、逃がそうとすらしている。目前にいる無防備な艦娘など格好のエサで、彼女らにとっては大喜びで破壊する存在でしかないはずなのに。
「ごめんね。説明してあげている暇はないの。もう敵はすぐそこまで来てるから。
 迎撃しないと――」
 そう言って、彼女は私の肩に手を置いた。その左手にきらりと指輪が光る。
 意味くらいは理解できる。彼女には、大切な相手が居るのだろう。けれどそれは人間の文化であり、深海棲艦が知っているものではないはずだ。
 瞬間。
 正面の壁をぶち抜いて、重巡級の深海棲艦――重巡リ級が現れた。他にも駆逐艦級がうじゃうじゃと随伴している。
「行って!」
 叫ぶと同時に軽巡ヘ級が主砲を放つ。それだけで一隻の駆逐艦級――駆逐イ級が骨肉ごと爆ぜ飛んだ。
「でも!」
 状況は詳しく分からない。けれど、彼女は私たちを守ろうとしてくれて。
 目前には、彼女ごと押し潰そうとする数多もの敵がいる。
 海の向こうからも、きっと押し寄せてきているのだろう。
 ――だめだ。
 私を助けてくれる、彼女はきっと敵ではない。
 駆逐艦・叢雲10868193の心は、この深海棲艦をこの死地に置いては行けない、と――そう思ったのだ。
 しかし。
「機械艤装がないと、貴女たちは戦えないでしょう! 早く!」
 確かにそれが現実である。
 今の私は服もなければ艤装もない。艦娘とすらいえない、一人の小娘にすぎない。
 ここにいても、ただの的にしかなり得ない。
「……艤装。見つけたら、戻ってくるから!」
 私はそう言って、電を抱いたまま踵を返した。
「――じゃあ、私は頑張って待っていないとね」
 そんな言葉が、背中に投げかけられた。
 部屋の隅にあるのオートドアを抜けると、三重のシャッターが閉じる。
「電! 電起きて! 電21329212!!」
 ――どうして、深海棲艦が艦娘の建造ドックにいたのか。
 どうして、敵である私たちを守ってくれたのか。
 どうしてーー深海棲艦同士で争っていたのか。
 はっきり言って、なにも分からない。全てが、私に与えられた知識と食い違っている。
 けれど、私たちを襲ってきた敵が居ることは確かで、それがやはり深海棲艦であることも確かだ。
 だったら、私たちのすべきことは決まっている。
 ――戦うことだ。私たちは、そのために生まれたのだ。



  1-2.叢雲と連装砲

「艤装のある場所は分かるのです!?」
「ぜんぜん!」
 叩き起こした電21329212と、狭い通路を走り回る。建造ドックは艦娘の艤装や肉体のリンクを行いながら製造する場所だ。部屋も多く入り組んだ区画ばかりで、自分たちがどこにいるのかちっとも分からない。
 本来、私たちは自分が何者でどういう存在であるか、人間への忠誠や使命は建造中に教育される。しかし、それ以外はさっぱりだ。基本的な情報ーー私たちは艦娘で、敵は深海棲艦、人間は味方で敬うべき存在――あとは、日常生活に支障をきたさないための道具や文明の知識くらいだ。建造されている施設の地図など知っているはずがない。私たちの艤装はドックに事前に目前に用意されているはずで、基本的には建造終了時に自動的に受領される手はずとなっている。眠っている間にリンク実験も行われているため、すぐに使用可能である。
 だが。
「正規の手順で目覚めたわけでもないものね……!」
 この緊急時、そんな正式な受領手順を求められるわけがない。よって、右も左も分からないドック施設を、闇雲に走り回る他はない。
「外なのです!」
 そうして、渡り廊下のような場所にたどり着いた。海沿いの低めの崖に設置されているらしい建造ドックは、お互いの施設を廊下で接続したらしい。――向こうが、艤装建造用の施設だろうか。対岸の施設まで10mほど。ほど近くに海が見える。職員に景観を楽しませる仕掛けだろう。
「ねぇ、電。これ――」
 しかし、そこに違和感があった。私たちの知って――基礎教育で得た常識とは、まったく違う景色が。
「……はい、海が」
 海は青いものだ。海という概念も、青という色彩観念もすでに知って生まれてきた。
 けれど――そこには私たちが見た景色に青い海も、空もなかった。
 ただ遠く遠く、水平線の彼方、海坂の向こうまで、
 真っ赤な血のような赤い海が、毒のような紫色の空が広がっていた。
 ――どうして?
 そんな、赤い海への一瞬の疑問が、私たちの足を止めた。
 私たちはいったい、どこに生まれてきてしまったのだろう?
 瞬間。そばの海から真紅の飛沫が舞う。
 渡り廊下の直近、真紅の海から何かが飛び出してきたのだ。それは――。
「――駆逐イ級!」
 本来ならば、私たち駆逐艦単騎でも十分に相手できる存在だ。しかし現在の私たちは艤装を持たず、それ故に。
「戦えば殺されます! 逃げるしかないのです!」
 その通りだ。
 今日初めて出会ったが、駆逐艦・電という艦娘はわりと臆病な部分がある。
 礼儀正しく、臆病で、少し引っ込み思案。そんな娘だ。同じ特型、広義の吹雪型だというのに、私とはずいぶんと違う。
 しかしそれは戦場において、必要な資質である。自身が生き残り、長く戦うために必要な才覚。私も平時であれば、撤退に異論はなかった。
 だが、退路は後方にしかない。つまり、先ほど出てきた扉である。そちらからも深海棲艦が追ってきている可能性が高いのだ。最悪の事態どころか、高確率で挟み撃ちに逢うだろう。
 先に進むなら、突破するしかない。しかし――この状態で?
 攻撃力も、防御力もゼロに等しい。
 何でもいい。せめて武器が欲しい。あの駆逐イ級と戦えるものはないかと周囲を見渡したその時。
 渡り廊下の向こう側が、駆逐イ級で隠れたその一瞬であった。
 ――その駆逐イ級が、砲撃により吹き飛んだ。
 青い血飛沫を撒きながら、イ級は赤い海へと落ちていく。その向こう側に――。
「えっ、なに……あれ」
 よくわからないものがいた。
 連装砲に顔がついたような頭部、寸胴鍋のような胴体。紅白に塗り分けられた浮き輪。首にかけられた何か。あと短い手足……あれ手足?
 ともあれ、それはその手足のようなものでぺたぺたとこちらに近づいてきた。
 あれが頭の砲で、助けてくれたのだろうか。
「叢雲ちゃん。あ、あれ。何なのです?」
「さ、さぁ……?」
 電の問いかけにすらまともな答えを返せない。私にだってさっぱり分からないのだ。
 ……とりあえず、深海棲艦を倒してくれたため、敵ではないと思うのだけど。
 それでも、警戒は怠らず、いつでも全力疾走で逃げられる準備はしておく。
 近寄ってきたそれは私の腰程度までしかなく、キューキュー鳴いているあたり、会話は難しいと考えられ――。
『あ、首尾よく見つかった!? よかった!』
「「うわっ、喋った!!」」
 女の声だ。ずんぐりとした外見に似合わずわりと高めである。
『ああ、違うわ違うのよ。
 その子には通信機を持たせてあってね。私はそれを通して声を出しているだけ』
「……ああ、首にかけてあるこれが通信機なのですね」
 電が、件の生き物の首元を確認しながら言う。
『そうそう。
 ……ん? 二人ぶん声がするわね?
 叢雲10868193の他に、誰かそこにいるの?』
「はい、電21329212なのです!」
『………………』
 その電の返答に、通信機の向こうの主はしばし沈黙を返して。
『隣のドックで建造中だった娘ね。
 まずは自己紹介しておくわ。私はダリア。そこにいる叢雲10868193の提督となる女よ。
 で、今、目の前にいるのが連装砲ちゃん。自立行動するけど歴とした艦娘の艤装だから、味方と考えていいわ』
「よ、よろしくお願いします!」
 つい、びし、と相手は見えてもいないのに、敬礼を返してしまう。
『……よし、届いた。
 電21329212。今あなたの提督から、艤装ロックの解除コードを受け取ったわ。
 両名とも現状は把握しているわね。
 ヨコスカ80番建造ドックは現在、敵性深海棲艦の襲撃を受けています。
 これより貴女たちには、艤装を受領後、戦闘に参加してもらうことになるわ』
「現状の回復ですね。叢雲10868193、了解致しました」
「同じく電21329212、了解致しました」
 よろしい、と息をついた声が通信機から聞こえた。
『では、施設の見取り図を持っている私が、艤装ハンガーまでナビゲーションを行います。
 連装砲ちゃん、先導できるわね?』
 ダリアの問いに、連装砲ちゃんはこくりと頷いた。
『では両名、艤装保管庫まで案内します。
 大丈夫よ、完成はしているはずだから――』


 1-3.残滓/Ⅰ 戻らない栄光の日々

 ――そうして、そこに辿り着いた。
 艤装ハンガーには、私と電の艤装が二つぶん、鎖で固定されていた。
 叢雲10868193、電21329212と書かれたナンバーがご丁寧についている。間違えようがない。
 他にも艤装ハンガーが見受けられるが、メンテナンス中との札が貼られ、使用されていない様子。
 しかし、私たちの艤装は天井近くに固定され、とても手が届きそうにない。
『――うん、完成している。給弾も済んでいるわ。
 今から連装砲ちゃんを通して、艤装ハンガーのロックを解除します。
 その前に、二人とも近くにロッカーはない?』
「ん」
 ダリアの声に周囲を見渡すと、確かに部屋の隅に5つ、ロッカーが並んで置いてある。
「発見したのです」
 そう言いながら、電はがちゃりとロッカーを開いた。
『その内部に着衣が用意してあります。
 艤装のロックを外している間に着用して』
 なるほど、確かにロッカー内には『特型駆逐艦用 5番艦 叢雲10868193』とタグ付けされた衣服が置いてあった。しかし。
「急を要す状況です。艤装のみの装備で出撃しては?」
 現状だと、私たちの動き次第で生存者の数が変動する可能性がある。
 さらには私たちが着替えている最中に襲撃がないとも限らない。ひとまずは戦闘が可能な状態になることを優先したい。そのような意図での発言であったのだが。
『だめ。貴女たち艦娘にとって、衣服は艤装と同じくらい大切なものよ』
 あっさりと却下されてしまった。
「了解しました」
 提督に言われては仕方がない。そういうからには、衣服にも艤装と同じように、大切な役割があるのだろう。
 仕方なく、艤装ハンガーへ向かう連装砲ちゃんを後目に衣服を手に取る。
「……おろしたての香りがする」
「5着も用意されているのです」
 ストッキングに足を通しながら数えてみると、確かに5着あった。
 ……おそらく予備の分だろう。しばらくは保つように、との配慮か。
 ワンピースに袖を通して、手袋をはめる。そしてちょうど、艤装ハンガーの方から大きな音がした。
 振り向いてみると、ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらへ向かってくる連装砲ちゃんの姿。
『ロック解除完了よ。叢雲、電、これで戦えるわ』
「ありがとうございます」
 足下にまとわりついてくる連装砲ちゃんを撫でながら、ハンガーへ向かう。
 昔は手作業により艤装を装着していたようであるが、現在はオートシステムが主流であるようだ。メンテナンス直後の艤装などはスタッフの手で装着されることもあるそうなのだが。
 ……植え付けられたとはいえ、生まれたばかりの私にこんな知識があるのは不思議な感覚である。体験していないのに知っている。それはほんの少しの違和感となって私の心を震わせる。
 ……いつかきっと、慣れてしまう感覚なのだろうけど。
 そんなことを考える間に、チェーンによってつり下げられていた私の艤装が、音を立てて降りてくる。
 私はくるりと艤装に背を向けると、うなじに手を回して後ろ髪をかきあげた。
 瞬間、背中と腰に背面艤装が接続され、足には舵付きのシューズが被さった。
 天井から頭部センサーアンテナ兼エネルギーユニットが降りてくると、固定されていた槍が解放され、目の前に突き立つ。それを握り、引き抜くことによって、半ばフルオートで艤装は私の身体と接続され、駆逐艦・叢雲は完成した。
(……軽いけど、重い)
 不思議な感覚だ。確かに金属の重みも、艤装が重力に引かれてバランスが崩れる感覚もあるのだが、しかし体感としてはそれが不思議なほどに軽い。
(私の一部だから、ということかしら)
『うん。艤装とのリンク数値も正常範囲。リンクレベルは1ね』
 0ならバグだけど、1以上なら問題なく戦える状態よ、と連装砲ちゃんを通して提督の声が聞こえる。
「電、いける?」
 隣の電に問いかける。見れば、電も既に艤装を装着し終えていた。
 私の声に、電はこくりと頷いて。がしゃりと、装着した砲と魚雷を私に見せる。
 その姿に、先ほどまでの気弱な少女の影はない。
「戻りましょう。提督、残してきた人がいます。助けに――」
 しかし、それは叶わなかった。
 ずん、という重い音とともに、私たちを再びの振動が襲う。振動は部屋ごとで、私たちが目覚めた時の比ではない。さながら、そう。
 敵の砲弾が艤装ハンガーに直撃したような――?
「きゃああああああ!?」
 そして、振動の衝撃に耐えきれず、慣れない艤装の重量に振り回された私たちは、そのまま床に転がった。
 ……装着して間もないためか、バランスを取るのが難しい。
「……叢雲ちゃん」
 電の声に顔を上げて見れば、壁にあいた大穴がある。覗けば、深海棲艦がすぐそこまで迫っている。
 ――そして穴から見えるドック施設からは、もうもうと黒煙が上がっている。
 ……向こうにいた人たちは、どうなってしまったのだろう。
 そんな私の考えを側に置いて、事実を告げるように、連装砲ちゃんの頭部の砲が前方を向いた。
 つられてそちらを見た私に聞こえたのは、ぐじゅり、というイヤな足音だけ。
 それがーー少しづつ近づいてくる。
 音が大きくなるにつれ、プレッシャーは増していく。死神が緩慢な歩みで、こちらに寄ってきているように。
 そう、足音の正体なんか最初から分かっていた。この部屋が砲撃された時から。向こうにはきっともう誰もいなくて、だからそいつらはここに来たんだと知っていた。
 そうしてゆっくりと――壁の穴の向こうから部屋の中へ、重巡リ級が歩を進めてきた。
 あのとき、培養槽から出てきた直後に見た奴だ。
 ――冷静に戦力を分析する。
 随伴するのは駆逐イ級が一体のみ。こちらは駆逐艦が2隻のみ。
 戦って勝てない相手ではないと思うし――戦って勝てないからと言って、それは、戦うことをやめる理由にはならない。
 私たちは、戦うためにこそ生まれたのだから。
 隣で金属の擦れる音がした。横で立ち上がった電が、砲を相手に向けたのだ。
 なにより、私たちは大日本帝国海軍の誇る駆逐艦。たとえ相手が重巡であったとしても、怖れなど抱かない。
 重巡リ級を見据えて、私も立ち上がる。槍を前面に構えて、背面の砲を奴に向ける。
 そうだ、戦うんだ。そのために私たちはここにいる。
 今にも砲を放てるように、心と艤装に火を入れて――。
『そうね、貴女たちに、言っておかなければならないことがあるの』
 連装砲ちゃんから――そんな、提督の声が聞こえた。
 先ほどまでの落ち着いた、けれど優しい声色ではなく――冷たい、機械みたいな声で。
『――実はね、人間は、もういないの』
 目前に敵のいる極度の緊張状態の中で。提督のその言葉だけが、残酷なまでにすっと心に染み込んだ。
「――人間がいない、って、どういうことなんですか……?」
 同じ話を聞いていた電が、震える声を辛うじて絞り出す。
 言われた意味が分からない。人間がいない? 思考は散り散り。混乱についていけず、熱かった心が冷えていく。提督が言っていることが理解できなくて、心の中はぐちゃぐちゃで。艤装も手足も、うまく動かせない。
『深海棲艦がね、全部殺してしまったの。
 海が赤いでしょう、あれはね、ぜんぶ、人間の血が流れ出したから――』
 真っ赤に、染まってしまったの。
 提督は、ダリアは、淡々と事実を告げる。
「なら――なら提督。あなたは、あなたは何者なの?
 人間じゃ――ないの?」
 ――手足が震える、体に力が入らない。
 ああ、きっともう、頭の中では結論が出ているのだ。
 思考の中には最悪の想像がある。今までの情報をすり合わせて、推理することくらい私にだってできる。
 ……その最悪の想像であれば、私が目覚めたときにドックにいた、軽巡へ級のことも――辻褄が合うのだ。
 私たちは――。
『――戦艦タ級・ダリア。私の名前よ。
 そして、貴女たちは、私たちが手ずから人類の文明から再生した――呪われた兵器。
 私たち《深海棲艦》は、海から来る【深海棲艦】と戦うために、かつて仲間をたくさん殺した貴女たちを再生したの』
 ――そう、《深海棲艦》に作られた。
 頭がぐるぐると回る。目の前が真っ白になる。
 私たちは人間を守るために、【深海棲艦】と戦うために生まれてきたのだ。
 けれど、その守るべき者はもうおらず。つまり――戦う理由もない。
 憎むべき敵を守るために、この世界に産み落とされた――歪すぎる生を与えられた存在。
「そんな……そんな、なら、なら電たちはなんのために……」
 持っていた魚雷を取り落として、電が膝をついた。
 ぐすぐすと泣いている。涙の音が聞こえる。
『貴女たちの首輪。それにはね。爆弾が仕掛けられているの』
 指輪に倣ってケッコン首輪って言うんだけど、と補足が入った。
『間違っても逆らえないように。逆らったらすぐに殺せるように。
 まったく奴隷と同じ扱い。それが今の世界からの、艦娘の扱い』
 だから、とダリアは言葉を切って。
『貴女たちには、ここで選択する権利がある。
 今の現実を認めないのであれば、戦いを放棄する権利がある。
 現に、今の世界で建造された艦娘の実働率は、4割を切っている』
 戦うことをやめて――ここで、自殺できるということか。
 ただ、黙って。目の前の【深海棲艦】に殺される権利がある。
 私の提督、ダリアと名乗った《深海棲艦》はそれを止めはしない。
 この地獄で生きるのも、死んで天国へ向かうのも、すべては私たちの決断次第でしかない。
 そして、《深海棲艦》のためなんかに、戦ってやる義理もない。
 ダリアの言葉から、同じ結論に達した仲間はたくさん居るのだろう。
 《深海棲艦》のためなんかに戦いたくないと、敵の前で無抵抗となり、あるいは意図的に反逆し――処分された者たちが。
 きっと、それは正しいのだ。私たちは誇りを持って人に建造され、名を与えられた。
 誇りとともに戦い、誇りとともに沈んだ――名誉ある船の魂を宿すのだ。
 それがそんな屈辱に耐えられるはずがない。己の信念を、魂を、誇りを汚される前に、自ら世界を去る潔さこそが正解なのだろう。
 もう、駆逐イ級は目前に迫っている。その真っ青な舌がぬるりと、私の頬に触れた。
 このまま、何もしなければ。きっと、食べてもらえるのだ。
 けれど。
 ああ、この、今にも膝をつきそうな絶望の中で。
 今にも身体ごと崩れ落ちそうな失意の中で。
 私は『それ』を見てしまった。
 至近距離。もう50cmも離れていない、駆逐イ級の歯の隙間からこぼれているもの。
 だらりと枝垂れた青白いヒトガタの腕に、その白魚の指に。
 きらりとはまった指輪が見えた。
 ――見覚えのある、指輪だった。
「……そんな」
 当然だ。あの場所にたった一人残ったのだから。
 私たちを逃がすために、たった一人。
 この時代には取るに足りない存在であるはずの、艦娘を逃がすために。
 ――なら。
 ここで私たちが死んでしまったなら。
 彼女は、何のためにその命を散らせたのか。
 ――あの時、私たちを逃がすために【深海棲艦】立ちはだかった、一隻の《深海棲艦》の笑顔を思い出した。
『待ってる』
 彼女は、そう、私たちに答えたのだ。
「――っああぁぁぁ!!」
 そうして咄嗟に、手に持っていた槍を、駆逐イ級の右眼球に突き刺した。
 ぐじゅり、という嫌な感覚とともに駆逐イ級の右目から青い血が吹き出し、私の身体を濡らしていく。
 ――死ぬわけにはいかなくなった。
 そう考えた瞬間、四肢末端に力が漲る。
 生まれて間もない、武力以外は何も持たない私だけど。
 そんな私でも、戦う理由はなくても、死ねない理由だけはできた。
 ほんの少しでも私を想ってくれた。そんな一人の《深海棲艦》の死を無駄にはできない。
 私がここですべてを諦めることは、彼女のこれまでの人生を冒涜するに等しい。
 そうだ、今を生きる理由なんて、きっと――それだけで十分なのだ。
「このっ……」
 駆逐イ級がびちびちと暴れ出す。目を潰されて、仰け反って私の槍から逃げようとしているのだ。ーーさせるものか。駆逐イ級を捕まえて、眼球から槍を引き抜いた。
 そのまま槍を白い歯に差し込み、口を無理矢理こじ開ける。
「私の前を遮る愚か者め!」
 そうして真っ青な口腔内に、艤装アームごと砲をねじ込んだ。
「消えろ!!」
 ゼロ距離艦砲射撃。そうして爆炎と共に、駆逐イ級は吹き飛んだ。
 宙を舞う駆逐イ級は、爆風で顔面の半分が失われている。辛うじて原型は残っているが、口から煙と血液が垂れ流しだ。地面に落下したが、横たわったまま痙攣しているだけで、起きあがる様子はない。床は、それから流れ出した青い血で染まっていく。私たちと同じくらいの小さな身体に、よくあれだけの血液が納められていたものだ。
 ――おそらくは助かるまい。
「――――!!」
 突然の咆吼に振り向くと、重巡リ級が腕を振り上げて向かってきていた。
 どうやら随伴艦を殺されて怒り心頭のようだ。
(――間に合う!?)
 迎撃のために急いで艤装のアームを操作する。すでに向こうは戦闘態勢でありこちらの対処は遅れている。照準、装弾、タイミングは最悪に近い。
 だが、ここで届かなければ死ぬだけだ。それは――それだけは御免被る。
 たとえ間に合わないとしても、腕だろうが足だろうがくれてやっても生き延びてやる。
 そう考えた瞬間。リ級に振り向いた私の股下を駆け抜けていったものがあった。
「――え」
 それは私の体の前に出て、がしゃり、と頭の上の砲をリ級に向けて。
 撃った。
「連装砲ちゃん!?」
 弾は発射され、リ級の顔面を直撃する。爆炎が眼眩ましとして機能し、リ級は一瞬の隙を見せる。
 しかし、驚いている暇はない。見れば連装砲ちゃんの砲撃は直撃はしたものの、効果的な打撃を与えられてはいない。
 爆炎の晴れたリ級の眼は爛々と輝いている。ただ、少しだけ煤けただけだ。
『……やっぱり、本来の主がいないとだめなのね』
 ぽつりとダリアが漏らす言葉が聞こえる。
 しかし、時間稼ぎにはなった。
 連装砲ちゃんの砲撃に怯んだ一瞬こそが、私の求めていたものだったのだ。
「ふっ!」
 既に中距離である。近距離まで寄られるわけにはいかない。槍を突き込んで、砲の射程を確保しようとする。至近距離での発砲は絶大な効果を発揮するが、私すら爆風に巻き込むためだ。幸い、万一踏み込まれたとしても、近距離は連装砲ちゃんがフォローしてくれている。威力は威嚇射撃程度ではあるが。
 しかし。
 その突き出した槍が、がしりとリ級に捕まれた。
「――ッ!」
 押せど引けど動かない。駆逐艦の膂力では、重巡洋艦の膂力は上回れない。
 ――至近距離で、動きを封じられた。
 穫ったぞ、とでも言うように、重巡リ級の口がにやりと歪み。
「撃て!!」
 その隙を見逃さず、先手を取って躊躇なく砲撃をぶち込んだ。
 しかし。
 爆炎の向こうから、伸びてきた腕が私の顔面をがしりと掴んだ。
 ――派手に爆炎を上げたのは失敗だった。今度はそれが私自身の視界を塞ぎ、リ級の行動を確認できなくなってしまったのだ。
 リ級は私の頭をぎりぎりと締め上げてくる。ゆっくりと上に持ち上げられているため、つま先がついに地面から離れた。まるっきり宙づりの状態である。見れば、リ級の腕は大きく裂けているし、顔面は半分血塗れになっている。胴体も傷だらけだ。
 ――効果なしというわけではなかった。駆逐艦級でも、重巡洋艦級と戦える。
 だが、よもやまさか。リ級にも出血が見られるとはいえ。
 連装砲ちゃんよりも効果的だったとはいえ。
 ――その上で、あの距離で未だ行動可能なレベルのダメージに押さえ込まれるとは。
 がこん、とリ級の私を掴む側の腕部艤装が開く。艤装内部には砲があり、既に装填され、発射態勢だった。
「――っ!!」
 本能が危険を察知する。背中に冷や汗が流れる。間違いなく、このままだと頭を吹き飛ばされて死ぬ。
「っ! この、このっ!!」
 なんとか腕を振り解こうと暴れ、リ級にひたすら蹴りを入れるが、離れる気配すらない。
 ――死にたくない。その言葉だけが頭を支配する。
 生きることを諦めかけていたくせに。一度生きると決めてしまったら、こんなにも命が惜しい。
 誰でもいい、助け――。
「叢雲ちゃんを離すのです!」
 突然の振動と腹部への衝撃が私を襲い、私の頭からリ級の手が離れた。
 何か、固いものがお腹にぶつかった。その勢いで弾き飛ばされたのだ。
 その衝撃で私はリ級から解放され、重力に引かれて腰から着地する。
「――――っ!」
 強打した腰が痛むが、気にしてはいられない。
「な、何が――」
 腰をさすりながら起きあがった私の目に入ったのは、私のお腹の上に乗ったままの連装砲ちゃん。
 どうやら、私のお腹に全力で突撃したのはこの子のようだ。
 そして、リ級はと言えば。私とは逆方向に、あのときの声の主――電によって吹き飛ばされていた。
 そのまま電はリ級に向かって馬乗りになり、砲を向ける。
「この……!」
 そのまま至近砲撃。避けられるはずもなく弾はリ級に着弾し、舞い上がる爆風と発射の反動で、逆に電が宙を舞う。
 ――つまり、このままでは電は地面に激突である。
「うわっと!」
 急いで電が落ちてくるであろう場所まで走る。なんとか手足をばたつかせてはいるが、電はもはや身体を重力に任せるしかない。落下まであと10秒程度。
「連装砲ちゃん! 私の腰、支えて!」
 電の落下ポイントで、電の方向に向き直れば、連装砲ちゃんが指示通りに私の腰に張り付いて、支えになってくれる。これで、電と二人で地面に転がることは避けられる。
 そのまま、落ちてくる電を両腕を広げて電を抱き止めた。
 胸と腕の中に、暖かく柔らかい感触がすっぽりとおさまる。
「た、助かったのです!」
 助かったはこちらの台詞だ。先ほどのリ級との戦い――あのままであれば、間違いなく死んでいたのは私だった。
「ありがとうね、電。さっきは危なかったわ」
 私の言葉に、電はぱちぱちと瞬きをして。
「――叢雲ちゃんも、無事でよかったのです!」
 花のように笑った。
 私の手から地面に降りた電は、泣きはらした瞼をこすった。
 どうして? とは聞かない。
 彼女は立ったのだ。
 そこにはきっと電だけの葛藤があり、電だけの決意があった。
 あの瞬間ただ泣くだけしかできなかった少女が一人、立ち上がった理由があった。
 それだけでいい。理由は違えど、私たちが抱いた決意はきっと、同じものだ。
 そうして私たちは、再び炎に巻かれた重巡リ級に目を向ける。
「まあ――まだよね」
 電の至近砲撃が発生させた炎の向こう、ゆらりと立ち上がる影がある。
 私と電、2名の砲撃を連続で受けて、まだ動ける。さすがは重巡洋艦と言うべきか。
 しかし。
 その右手が、どさりと根本から千切れ落ちた。
 足も引き摺っている。駆逐艦の砲とはいえ、2連砲撃は相応のダメージを与えたようだ。
「電!」
「分かっているのです!」
 擦れる金属音と共に、私と電の砲がリ級を向いた。
「――照準、よし!」
 電が照準を合わせる。今ならば、一斉砲撃で仕留め切れる。
 ――その前に、未だに爛々と輝くリ級の瞳が私たちを見据え、残った左手の砲をこちらへ向けた。
 そして、放たれようとした砲弾はしかし、空中へ飛翔はせず。
 リ級本人の左腕の中で弾け、その腕を吹き飛ばした。
 ――もう、無理だろう。
「叢雲ちゃん」
「ええ」
 楽にしてやるのが、きっと優しさなのだ。
「本当は――戦いたくないのです」
「そう、ね」
 砲から轟音が鳴り響く。装弾完了の合図だ。
「でも、電たちは、生きることを選んだのです」
「そうよ。だからこの選択と、その結果は――」
 すべて、自分で背負って行かなければならない。
 たとえ、この世界のすべてが艦娘の敵で。
 私たちを生み、愛してくれた人類はもう居なくて。
 歯車はどこかで狂ってしまって、行き着いたのがこの、絶望の果ての世界なのだとしても。
 用意されていたはずの数多の未来に背を向けた、辿り着くべきではない終わりに辿り着いていたのだとしても。
 ――私の砲の照準も、重巡リ級に合う。
 さようなら、名前も知らない【深海棲艦】。
 さようなら、私たちの絶望。
 さようなら、私たちの諦観。
 さようなら――これから得られるはずだった、輝かしい未来よ。


「「――撃て!!」」


 二人ぶんの主砲が直撃し、今度こそリ級は動かなくなった。
 着弾と同時に炎が部屋を焦がす。揺らめく陽炎の中で、重巡リ級はただ静かに、荼毘の時を待っている。
 その向こう、崩れた壁の向こうに見える水平線が、ようやく太陽を抱いている。もう、夕刻なのだろう。
 ダリアからの通信が、援軍の到着と敵の殲滅、戦闘の終結を伝えている。
 ヨコスカ80番ドックは半壊した。目の前に開いた壁の大穴がそれを物語っている。
 ドックの外には、ヒトの眠る墓標がある。
 そこに廟はなく、慰霊碑もない。
 ただ――海原の向こうまで、赤い、赤い海が――――。

             艦これ Re:World's End  1:叢雲と連装砲  了

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